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植物の生き残り戦略:
成長に適した環境で発芽するには?

 土壌に根を張ると移動できなくなる植物は、いつ、どこで発芽するかが、その一生を決めることになります。十分な光が無い場所で芽生えてしまうと、光合成が出来ずに枯死してしまうでしょう。発芽するために光が必要な植物があることは、高校生の時に習ったかもしれません。

 発芽の適温を様々な植物のタネで調べてみると、夏に生育する植物(夏型一年生草本)のタネは、温度が高い方が発芽しやすく、冬に生育する植物(冬型一年生草本)のタネは、温度が低い方が発芽しやすい傾向が認められます。寒さに弱い夏型一年生草本が秋に芽生えると、冬を越せずに枯死してしまうでしょう。逆に、熱さに弱い冬型一年生草本が春に芽生えてしまうと、次世代の種子を付けずに死んでしまうかもしれません。

 「発芽が光によって誘導される」、「発芽の適温がある」という現象は、身の回りの多くの植物で見られますが、よく考えてみると、このことは種子が光や温度を感じていることを示しています。種子は何もしていないように見えますが、光や温度など、環境の変化を敏感に感じ取り、発芽の可否を決めているのです。

温度は植物ホルモンの制御を介して発芽をコントロールする

 ところで、種子の発芽は、植物ホルモンのジベレリンによって誘導され、アブシシン酸によって抑制されることが知られています。ちょうど私達の研究室で、「温度はどのようにして発芽をコントロールするか?」をテーマにしようとしていた頃、レタスとシロイヌナズナを材料にした研究から、光によって発芽が誘導されるしくみに、重要な情報がもたらされました。フィトクロムに受容された光の情報は、ジベレリン合成酵素遺伝子の発現を誘導することによりジベレリンの合成をもたらしていたのです(Toyomasu et al. 1998, Yamaguchi et al. 1998)。

   そこで、私達は秋に発芽するシロイヌナズナの種子を材料として、高温で発芽が抑制されるときに、種子内の植物ホルモン含量の変化と、合成酵素遺伝子の発現を調べました。その結果、種子に光を当てているにもかかわらず、発芽の適温を超えた高温は、アブシシン酸合成酵素遺伝子の発現を誘導してアブシシン酸含量を高め、ジベレリン合成酵素遺伝子の発現を抑制することによりジベレリン含量の増加を抑えていることを見出しました(Toh et al. 2008)。

 穀類のコムギも冬型一年生草本ですが、低温条件で休眠が打破され、発芽が誘導されます。このとき、低温はジベレリン合成酵素遺伝子の発現、そしてアブシシン酸分解酵素遺伝子の発現を高めることにより、ジベレリン内生量を上昇させ、アブシシン酸内生量を低下させます。これにより、たとえ休眠状態の種子でも発芽が誘導されることになります。私達は、このような通常のコムギ系統と、低温条件でも発芽しないコムギの系統を比較解析しました。その結果、低温でも発芽しない系統の種子では、ジベレリン合成酵素遺伝子の発現が誘導されず、アブシシン酸合成酵素遺伝子の発現が誘導され、アブシシン酸内生量が上昇して発芽が抑制されることを見出しています(Kashiwakura et al. 2016)。

  • Toyomasu, T., et al. (1998). "Phytochrome regulates gibberellin biosynthesis during germination of photoblastic lettuce seeds." Plant Physiology 118(4): 1517-1523.

  • Yamaguchi, S., et al. (1998). "Phytochrome regulation and differential expression of gibberellin 3 beta-hydroxylase genes in germinating Arabidopsis seeds." Plant Cell 10(12): 2115-2126.

  • Toh, S., et al. (2008). "High temperature-induced abscisic acid biosynthesis and its role in the inhibition of gibberellin action in Arabidopsis seeds." Plant Physiology 146(3): 1368-1385.

  • Kashiwakura, Y., et al. (2016). "Highly Sprouting-Tolerant Wheat Grain Exhibits Extreme Dormancy and Cold Imbibition-Resistant Accumulation of Abscisic Acid." Plant and Cell Physiology 57(4): 715-732.

温度が種子の植物ホルモン作用を制御するしくみ

 温度に応じて発芽がコントロールされたり、植物ホルモンの内生量が変化するということは、「種子が温度を感知」し、その情報を植物ホルモン合成酵素遺伝子の発現制御に利用していることを示しています。では、種子はどのようにして温度を感知し、植物ホルモンの作用を制御するのでしょう?

 光を受容し、活性型となったフィトクロム(Pfr)は細胞核に輸送され、発芽抑制に働く転写制御因子、PIF1(別名PIL5)に結合して、その分解を促すことがわかってきました(Oh et al. 2004)。PIF1は、SOMと名付けられた制御因子の発現を誘導する働きを持ち、SOMはアブシシン酸の作用を高め、ジベレリンの作用を抑制することも分かってきました(Oh et al. 2006, Kim et al. 2008)。つまり、光は発芽のブレーキを外していたのです。そこで、私達は高温による発芽抑制におけるSOMの働きを調べることにしました。その結果、高温はSOMを介してアブシシン酸とジベレリンを制御していることがわかりました(Lim, Toh, Watanabe et al. 2013)。

 

 「種子がどのようにして温度を感知し、植物ホルモンの作用をコントロールしているか?」についての研究は、まだ始まったばかりです。現在の、そしてこれからも続くテーマです。

  • Oh, E., et al. (2004). "PIL5, a phytochrome-interacting basic helix-loop-helix protein, is a key negative regulator of seed germination in Arabidopsis thaliana." Plant Cell 16(11): 3045-3058.

  • Oh, E., et al. (2006). "Light activates the degradation of PIL5 protein to promote seed germination through gibberellin in Arabidopsis." Plant Journal 47(1): 124-139.

  • Lim, S., Toh, S. Watanabe, A. et al. (2013). "ABA-INSENSITIVE3, ABA-INSENSITIVE5, and DELLAs Interact to Activate the Expression of SOMNUS and Other High-Temperature-Inducible Genes in Imbibed Seeds in Arabidopsis." Plant Cell 25(12): 4863-4878.

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